哀しき大決戦サメ映画「シャークトパス VS プテラクーダ」レビュー




最近怪獣決戦もの観てないなあ、平八です。

今夜はたまたまケーブルテレビのMONDO TVでやっていた2014年アメリカ公開「シャークトパス VS プテラクーダ」のレビューです。

 

公式サイト:

 

 

人間の業が生んだ哀しきクリーチャーの闘争

 

<あらすじ>

ムンド・デル・マー水族館に籍を置く生物学者ロレーナ。

彼女が捕獲した生物はサメとタコのハイブリットである凶暴なシャークトパスだった。

彼の凶暴性を何とか制御し、ある種の緊張を保ったまま過ぎていく日々。

同じ頃、狂気の科学者サイムス博士が私財をつぎ込んで誕生させた生物兵器プテラクーダが暴走を始めた。

 

 

私は本作がシャークトパス初見だったので初っ端から変な生き物がガンガン人を食い散らかしいきなり混乱したのですが、作中でシャークトパスとは海軍が開発した生物兵器であることが明言されます。

また、本作一のマッドサイエンティストであるクソ科学者サイムス博士が太古の生物テロダクティルの遺伝子にバラクーダの遺伝子を加え、やはり生物兵器として生み出したのが空海両用プテラクーダ。

人間のエゴが生んだ歪んだ生命体である二匹が時には人間に操られつつも、己の本能に従い殺し合うのは「自分と同じ来歴を持つ」他者の存在が不愉快だったからなのかも知れません。

二匹の闘争(あるいは食糧補給)に巻き込まれて大勢の人が命を落としますが、それは大いなる自然に手を加えようとした人間の傲慢に対する裁きが具現化した姿だったのではないでしょうか。

 

まあ今適当に考えたテーマなので軽く流していただければ幸いです。

 

それはそれとして、基本的に海の生物同士のハイブリットであるシャークトパスと時速320キロで空を飛ぶプテラクーダでは接点があまりなさそうなのですがプテラクーダがあえて海に潜って来てくれるので結構いい勝負になります。

何でああなったのか私が見逃しただけかも知れませんね。

何しろ本作も90分弱で決着をつける都合上、かなりテンポがいいので哀しき生命体である二匹が邂逅して死闘を繰り広げるまでに35分しかありません。

その間結構いろんなことを詰め込まれたので話の筋を追っかけるだけで大変でした。

そこからはちょっとペースを落としてダラダラ人が襲われたり二匹が再戦したりするのですが。

 

 

オッサンにロクなのがいない

 

 

前述の、もう逆に清々しいサイムス博士

大金が手に入った途端、自分とこの客に向かって館内放送で暴言を垂れるムンド・デル・マー水族館のムニョス園長。

(※ここは本当に楽しそうなので機会があればご覧頂きたいです)

諸悪の根源というかコイツが余計なことしなけりゃプテラクーダが暴走しなかったもう一人の博士。(名前失念。ロシア人っぽい名前だった)

ビーチでイキッてる何かケーブルテレビの名物司会者。

全員、死ぬ。

…確かに態度悪かったし因果応報と考えれば納得もできるけど割と悪趣味なシーンが続きましたね。

どうも本作の二匹は頭をかじることにご執心のようなので、「うわっ…」と思うような場面もあったことを告白します。

 

 

あれ…あの人こんなにあっさり…

 

 

ヒロインであるロレーナにはいい雰囲気である恋人リックがいて、序盤からロレーナを気遣い、ムードあるデートをしたり何かと出番の多いキャラです。

あんな簡単に喰われるとは思ってなかった。

「ハンサムは死なない」とかそんな風なことを言った直後にジェットスキーを操舵したままなすすべもなく頭を丸かじりにされてしまいます。

不利な体勢ながらもプテラクーダに一矢報いるために反撃したり、彼の行動が現状を打開する何かにつながるとかそんなことは全くなかったので逆にビックリしました。

何のためにリックに今まで尺をとったんだ、って。

まあ…何か「変わった人だなあ」とは思いましたけどね。

ロレーナが途中で誘拐されて、監視の目を盗んで命からがらリックの元に逃げて来たのに彼が「君はひとりでも大丈夫、俺は自分の役目を果たす」って言って単身海に出て行った直後にロレーナが追っ手に再度捕まるっていう。

でその後自分も喰われるっていう。

お前らもうメロメロじゃねーかって流石に温厚な私も声を荒げました。

あと、現地レポーターの地位に甘んじることなく今回の事件を追う女性記者ベロニカというキャラがいて、妙に向上心の強い印象に残るセクシーな女性だったのですがいつの間にか喰われていました。

自分達で立てたキャラを掃いて捨てるような手法が本作では目立ちましたね。

 

 

まとめ

 

 

生命で遊んではいけません。

 

どういう遺伝子の組み換えをすればああなるのか全く分かりませんが、そもそもやるな、という思いも浮かびます。

 

怪物が暴れまわっているところに怪物をぶつけて解決を図るというのは他でもよく観られる策ですが、大抵の場合「個別に対応していた方がマシだったんじゃないか」という結論に至ります。

 

人は過ちをする生き物であり、また過ちを繰り返す生き物であるということをこの映画は伝えたかったのかも知れませんね。(強引なまとめ)

 

 

 

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