メディアミックス作品を見るときの心構えなど




 

お互いの価値観に踏み込む時は気を付けよう、平八です。

 

会社の飲み会に参加した帰り道、先輩が「さっきの店値段の割に大したことなかったな」と割と強めの口調で言って来ました。

 

私は特にそこまで気にしてなかったので「ハハハ、そっスね」的な返しで流そうとしたのですが、そこで終わらずに延々と料理のコスパの悪さを語られました。

 

びっくりするほど不味い訳でもなかったんだし別にいいじゃんと聞いていましたが、家に帰って茶を淹れている最中ふと昔の記憶が蘇って来ました。

 

ああ、これあの時と同じだ、と。

 

いにしえのメディアミックス

 

その昔オバタリアンという漫画があり、一回スペシャル番組としてアニメになったことがあります。

 

内容は傍若無人に振る舞うおばさんの日常を連れ合いや隣人目線を交えつつ描き連ねるおばさんあるある漫画だったのですが、決して重くなりすぎないテンポの良さに(毎度痛い目にあう連れ合いや隣人を気の毒に思いつつも)思わず笑ってしまうという絶妙な仕上がりの怪作でした。

 

個人的には単行本の後ろの方に載っていたつっかけ町内会という題名の作品群というかタイトルが未だに頭を離れません。語呂が良すぎる。

 

余談が入りましたが、オバタリアンが家族内ブームになってた頃にアニメになるというニュースをおそらく単行本の帯か何かで見て、俄然私と妹は沸きました。

 

オバタリアンアニメ化!オバタリアンアニメ化!

 

その日が来るのを今か今かと待っていました。

 

その日は来ました。詳しい時間までは流石に覚えていませんが2時間の番組だったと思います。

 

天才博士がタイムマシンで未来に行くと人類は死滅していて生命力の強いゴキブリだけが生き残って…あ、オバさんも生きてた。

 

という掴みから弾むダミ声タイトルコール、流れるように主題歌(多分私OPサイズなら未だに歌えます)に入っていきます。

 

他者とのズレ

 

結論から申しますと当時の私はアニメの出来にやや不満でした。

 

元が四コマ漫画なので仕方のないことではありますが流れに沿ったストーリー仕立てにすることで原作にあったテンポが間延びしているのが気になったのです。

 

ところで最近記事を書くためにWikiを確認したら脚本家の中にサザエさんを手がけていることで有名な雪室先生が参加されていて驚きました。

 

今ならばそういう都合も察することが出来るのですが、子供だった私は終わった後首をひねりながら妹に何気なく「面白かった?」と聞きました。

 

すると返って来た返事は意外にも面白かった、でした。

 

前述の理由からあまり楽しめなかった私はさり気なくどこが面白かったか聞いてみたところ「色がついて、しゃべって、動いてたから」となんとも可愛らしい答えが返って来ました。

 

当時の私は変なもやもやを抱えたままその場をやり過ごしたのですが、思えばそのアニメスペシャルに求めることが私と妹でまるで違っていたのです。

 

私は原作のテンポや雰囲気の再現を求め、妹は色付くオバさん達がどら声で騒ぎ、暴れる姿を求めていたのです。

 

まだ子供だったことを考えるとあの頃の私は既に面倒臭いオタク気質が発露していたように思えます。

 

 他人を大切に

 

冒頭に話を戻しますと、ある事象に対し何を求めるかの根底にあるのはそれまでに培われた価値観です。

 

私は宴会に対し「まあ適当に飲んで食べて騒げればいいかな」程度の期待しかしていなかったのですが先輩は「クオリティの高い料理」をも求めていたのです。

 

それでは噛み合うわけがない。

 

しかし、大方の場合は芯から分かり合う必要もないでしょう。

 

それでいいのです。

 

譲れない一線を踏み越えてきたわけでもないのであれば、お互いの想いはそれぞれ尊重すべきです。

 

まとめ

 

だから皆様も何がしかのメディアミックスがあるたびに「何だよ原作の持ち味なくなってるじゃん。これなら原作読んだ方がいいわ」と感じたとしても即口に出すのは控えましょう。

 

全部見たら実は面白いところもあった、という良かった探しが出来るかもしれませんよ。

 

メディアミックスの話か価値観の話か段々境が分からなくなってきましたが、汝の隣人を愛せということで、ひとつ。

 

 

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