原作未読、旧アニメは飛び飛びにしか知らない平八です。
今夜は原作ラストまでを描き切ったと噂の「劇場版はいからさんが通る・前後編」のレビューです。
2018年10月19日より後編「花の東京大ロマン」の全国公開が始まりましたので、劇場に観に行ってきました。
劇場版アニメーション『はいからさんが通る』2017年公開予定…
※本稿はネタバレを含みますので、未見の方はご注意下さい。
生きることの意味を知る恋愛映画
前後編を視聴した感想は「生きるということは結局ラブなのかも知れないな」でした。
古い因習に抗うように新時代の女性像を目指すヒロイン・花村 紅緒の奔放すぎる姿を描いた前編に対し、この度(2018年10月19日)公開された後編は出だしこそアクセル全開だったものの基本は切ない恋物語となっています。
振り返ると前編では「色々若さゆえの過ち17歳」紅緒が彼女を取り巻く人々の様々な男女の愛の形に触れ、親の決めた許嫁である伊集院 忍に次第に惹かれていく様は実に瑞々しいものでした。
瑞々しすぎてオッサンにはちょっと辛いくらい。
花の盛りの乙女を表現するために、前編は華やかな描写が多かったように思えますね。
星空の描写や夜景がすごいキレイ。
それを受けた後編の魅せ方がまた巧いというか、前編の印象的なシーンを違ったシチュエーションにすることで過ぎてしまった時間を表現しています。
伊集院少尉と紅緒が前編で訪れた想い出のカフェでしっとりした雰囲気になるところはかなり来ましたね。
お互いの焦れた気持ちを表現するようにテーブルクロスをまさぐる指先の演技。
全編通してもお気に入りのシーンです。
やっと巡り合うことが出来たのに元のふたりには戻れないと嘆く伊集院少尉、そっと身を引こうとする紅緒。
愛を無くした悲しいオッサンもうっかり胸がときめいてしまうくらい王道ラブコメだったのですが、クライマックスで大事件が起こり急展開を見せます。
冒頭でも書いた通り、原作を読んでなかったので絶句してしまいました。
「おっ?もしかして卒業よろしくここで少尉が…」とか考えながら観てると突如阿鼻叫喚。
観客呆然。
そして映し出される生き残った人々。
エンディングでは逞しく立ち上がろうとする姿が描かれます。
災禍に見舞われ、それでも生きていこうとする彼らの姿を見ると「今までラブコメを視聴していたはずなのに生きる意味について考えてしまう」という不思議な感覚を覚えます。
この感覚は、災禍の直前に状況の発端である侯爵夫人ラリサが急逝したのも一役買っているように思えますね。
彼女は紅緒と少尉の仲に亀裂を入れた張本人であり、しかし彼女なくして少尉が生きて日本の土を踏むことはなかった大恩人であるという複雑なポジションの女性です。
彼女も決して悪人だったわけではなく、弱さゆえに少尉の優しさにすがったという一面もあり、ものすごく儚いルックスも相まってなかなか憎めないキャラです。
このあたりは新時代に生きる女性として強くあろうとした紅緒とは対照的に思えました。
彼女はその今わの際に生きることの意味を少尉に説いてこの世を去りますが、あれは自分のことを語っていたのかなと思うとなかなか考えさせられるものがあります。
平成の画風で描かれる昭和ギャグ
未見の方は「何か深刻そうだな…」と思われたかも知れません。
しかし本作は重くなりすぎないように適度に昭和ギャグをぶっ込んできて観客を和ませます。
冗談はよし子さん、の天丼とか「もう来年には平成も終わるんですけど…」と唖然としました。
これはもう仕方ないことというか原作が40年以上前の作品なので、当然ギャグも古いわけです。
ただ、現代の作画、技術をもって当時のギャグをほぼそのままよみがえらせるというのはもう何週か回って逆に新鮮味が出て来ましたね。
前編だと幼馴染の蘭丸から愛の告白を受けた紅緒が火山を噴火させるところとか。
これもう今日日だと照れが入って逆に使えないだろと思いながら秘かにウケました。
後編で言えば特に好きなネタがふたつあって、ひとつは冒頭、少尉との再会を夢想して「ウヒヒヒヒ」ってなる紅緒の顔芸。
ザ・昭和の少女漫画って感じですごい懐かしかったです。
もうひとつはクライマックスの混乱の最中、瓦礫の中から「ヒロインは死なず!」とよみがえる紅緒。
これだけのためにもう一回観に行きたくなるくらい好き。
この直後からまたシリアスに戻るふり幅のデカさも面白かったです。
あと前後編通して語られる紅緒の酒乱ぶりね。
印象深いのは結婚式後の宴会で飲み過ぎて翌日二日酔いで現れるヒロイン。
やっとの思いで結ばれたのに想い人の酒癖が悪すぎるせいでしょんぼり初夜になってしまった伊集院少尉。
それでも優しく微笑む少尉の心の広さがクローズアップされる名シーンでした。
「よく考えたら挙げたシーン全部紅緒がらみじゃね?」と気づきましたが、それだけ私にとって印象深いキャラだったのでしょう。
編集長がいい奴すぎて、泣く
少尉がシベリアで消息を絶ち、困窮する伊集院家のために働き口を求めた紅緒の上司となる青江冬星編集長。
大正時代でもお前のような髪型の男がいるか、と最初のうちは思っていたのですが、最後まで通して観るとすごいいい男でしたね。
多分ですけどドイツ人の血を引く金髪、ハンサム、育ちがいい、でも気取りのない優しい男という色々盛った少尉のキャラとしての完成度が高すぎたので、それに対抗するためにはこれくらいいい男じゃないと負ける、とかそういう意図があったように思えます。
前編では「蘭丸かわいそう…」と感情移入していた私も後編ではすっかり編集長に首ったけでした。
見た目からしてもっとオラオラ来るタイプなのかと思わせておいて、めっちゃ繊細なんですよ。
女性に迫る時も決して無理強いはしない、お前が納得するまで待つというタイプ。
色々と複雑な家庭環境でやや屈折してはいるものの部下想いだし。
部下のためなら「突然興奮して踊り出す奇人」の役も買って出る熱い男です。
あそこは断っても良かったんじゃなかろうか。
彼も後編では大きな転機を迎えるのですが、そこの身の処し方が「あああ…」ってなるというか。
物語の落としどころとしてはそうなるしかなかったのですが「いい奴すぎるだろ編集長…」と目頭が熱くなりました。
欲を言えばもう少し尺が欲しかったか
今wikipediaを読んだんですけど原作は全8巻という情報を得て納得しました。
やっぱり結構キツキツだったんだって。
ざっとwikipediaの情報を流し見したら映画で観なかった展開とか結構あって前後編にまとめるためにかなり苦心したのではと推察します。
「もう紅緒と御前、和解したの…?」「編集長のジンマシンが出なくなるところもっとゆっくりやっても良かったんじゃない…?」「環と鬼島軍曹のロマンスもうちょっと観たいんですけど…?」とか色々と時間とって観たいシーンがあったのでそこは気になりました。
原作の長さを考えたら三部作にしてもよかったんじゃないかと思いますけど、そこは色々事情があるのでしょう。
むしろこの尺だからこその物語の疾走感かも知れないし。
まとめ
大正時代のチャーミンレディの生き様に刮目せよ。
前編は正直若気の至りフルスロットルな紅緒も年を重ねた後編では快活さはそのままに他者を思い遣る優しいレディに成長していきます。
相手を想いすぎるあまりもどかしく感じる場面も多々あり、私も心の中で「あぁーもう!ヤダーもう!!」とオネエみたいな声を上げながら楽しみました。
後編のメインビジュアルである花嫁衣装も「あ、そこで使うんだ…」という驚きもあり、最後まで飽きさせませんでしたね。
あと、後編のエンディングテロップでは今までのダイジェストの後にちびっと「その後の彼ら」が描かれますので、最後まで席を立たないようにお勧めします。