時は西暦1988年。
天下の少年誌、週刊ジャンプに彗星の如く現れたテニス漫画があった。
その名も「ラフ オア スムース」。
読み切りかつこの後作者である野村歪先生が作品を世に送り出したという情報が確認できませんでしたので一点ものとなってしまいました。
しかし、多くの人々が生き方に迷う今だからこそ胸に刻んでおきたい作品としてレビューします。
あらすじ
欧州留学をかけたテニス大会の決勝戦。
不破 猛は強敵・氷室 直也にあと一歩のところまで詰め寄るも敗北。
ジャッジを不服としラインズマンに暴行を働いて不破は3年間の公式戦出場停止を言い渡される。
そして3年後。
因縁のふたりは再びコートで相見える。
主人公の魂の叫びに共感
そもそもこの漫画が掲載されたのは30年前で、私もそのへんのジャリでした。
ドラゴンボールで言えばラディッツが地球にやってきて好き放題やってた頃です。
そんな昔の漫画を何故今ピックアップしようと思ったのかと問われると、子供の頃に読んだ時にその作品の一コマが強烈に焼き付き、最近ふとしたきっかけで記憶の扉が開いたからです。
てめえはみんな持ってるじゃねえか!なんだって生まれながらに与えられてるだろうが
あのおねーちゃんだっているじゃねーかよ
そのうえこのオレから…勝利さえ奪い取ろうというのかよ!!
(1988年№48少年ジャンプより引用)
この剥き出しの感情。
再読したくて古本屋で探し当てたのですが、あの時と変わらぬ衝撃を受けました。
いや、当時から今に至るまでに年をとり、色々な挫折や敗北感を味わった経験の分、今の方がグッと共感できる。
公式試合出場停止になっている間色んなことを考えたでしょう。
自分を負かした男は世界で着々と力をつけているはず。
「鶏口となるも牛後となるなかれ」と誓っても眠れぬ夜はあったと思います。
そういった全てがこのセリフに表れていると私は感じました。
読んで頂くとすぐ分かるのですが、主人公の不破はあまり好かれる造形のキャラクターではありません。
粗野な乱暴者。
そのくせ結構ナイーブという扱いにくい人間です。
しかし時折見せる彼の本音が暴力にまみれた彼のテニスに彩りを加えています。
上等だあ!オレを転がせ!!
石っころみてえに…サイコロみてえによ!!
あきらめずに転がり続けるサイコロは…
かならずでかい目をはじき出すんだ!!
(不破のセリフより引用)
不破君は乱暴者ですが結構いいこと言いますね。
世の中自分から転がって行かないと何も起きないわけです。
それを説教臭くなく伝えようとしているところに好感が持てます。
バカ野郎!!
情けなくねーのか てめーら!
おんなじ人間なんだぞ!おんなじ中学生じゃねえか!
あんなヤツにとりまいて かしずいて…卑屈にあいそ笑いしてて満足なのかーっ!?
オ オレはいやだ…オレは自分が英雄になりたい…
(不破のセリフより引用)
牛のケツになるなんてごめんだぜ、という強い意志が感じられます。
強いヤツの取り巻きになれば楽かも知れませんが、「本当にそれでいいのか」と読者に訴えかけているようです。
彼の全てが好きになれるわけではありません。
しかしこの心の叫びには色々と考えさせられますね。
冷静なお母様
ライバルである氷室 直也は家がお金持ち、ご両親は元テニスプレーヤーの血統、本人も容姿端麗センス抜群と盛りに盛りまくった男です。
大抵こういうキャラのご両親って嫌味な性格か浮世離れした過保護な性格が多いです。
しかし本作品では元テニスプレーヤーという設定を余すところなく使いこなし、どんなプレイも平常解説。
特にお母様。
息子がかなりのダメージを受けてもクールに解説。
防御してなければ失神していたほどのボレーだったようですがこの冷静さ。
読み切りゆえに「キャラを増やしたくなかった」「元プレーヤーの設定を活かしたかった」等の理由があったかと思いますが、割と動揺するお父様と対照的にめっちゃ冷静。
普段は結構優しいので、もの凄い印象に残るキャラになっています。
かわいそうな他のプレーヤー
この作品はふたりの男の勝負の行方にフォーカスされていますので、決勝に至る過程はほとんど省かれます。
とりあえず不破の対戦相手はほとんど病院送りになったとのこと。
無理もありません。
不破君は3年間公式試合出場停止を申し渡され鬱憤がたまっていたのです。
憎いあんちくしょうの顔を思い出しながら自然とラケットを握る手に力がこもってしまったのでしょう。
他の選手はいいとばっちりですね。
この漫画は血塗られた過程の割には綺麗なエンディングを迎えるのですが、この瞬間にも病院で苦しんでいる選手達のことを思うとちょっとだけ「めでたしめでたし…なのか?」という気持ちになります。
そもそも事の始まりとしてラインズマン手ひどい暴行を受けてるしな。
当時のジャンプ世相
目次を見てみると、まさしく黄金期と言った顔ぶれ。
私も大好きな「神様はサウスポー」はこの号では対宗方戦直前の巻頭カラーでしたね。
こんな豪勢な作家先生が居並ぶ中、野村先生のコメント欄は何と中央二段ぶち抜きでした。
他の号も読んでみないと分かりませんが、かなり扱いがいいような。
ところでこの頃奇しくも高橋陽一先生もテニス漫画「翔の伝説」を連載しており、仮にラフ オア スムースが連載を勝ち取っていたらジャンプには珍しくテニス漫画が並び立つことになっていたでしょう。
まとめ
誰かに媚びへつらうな、欲しいものは自分の力で勝ち取れ。
熱いメッセージを残して去った野村先生は今もどこかでお元気でいらっしゃるでしょうか。
執筆中は、完全禁酒!鋼鉄の意志・野村歪先生に、お便りを!!
(本編ハシラより引用)
当時の柱を引用し、この記事を締めさせて頂きます。